国内での人材不足の深刻化にともなって外国人採用が積極的に行われるようになってきました。その一方で、入社後の外国人社員と日本人社員との間のコミュニケーションで認識の「すれ違い」が起きてしまうことも少なくありません。
今回は、多くの大手企業や外資系企業で外国人社員および日本人社員へ日本語コミュニケーション研修を行ってきた内定ブリッジ株式会社の代表取締役 淺海 一郎さんに「日本人社員と外国人社員のコミュニケーションギャップ」についてお伺いしました。
話し手:内定ブリッジ株式会社 代表取締役 淺海 一郎(あさみ いちろう)さん
株式会社リクルート「WORK IN JAPAN」事業を通じ、外国人雇用を進める企業のべ約200社にて日本人向け日本語コミュニケーション社内研修を担当。外国人社員の教育研修に2010年より一貫して携わるほか、キエフ大学の日本語コースデザインやハノイ大学での講演等、来日前の人財教育にも関わる。
内定ブリッジ株式会社(ナイテイブリッジ)(https://naiteibridge.com/)
初めて外国人を採用する企業が気をつけるべきことはありますか
「外国人採用」について勉強するなど色々ありますが、大切なのは経営者が外国人を雇用する目的や意図を社内に向けて共有することですね。方向性とか戦略が全然できていない状態で外国人採用に踏み切ると、社内でいろんな問題が発生してきます。
なぜ社内に向けて外国籍の方を採用する目的を明確に伝えることが大切なのでしょうか
採用の目的が共有されていない上で「人手不足なので外国人も採用します」となったときに、実は一番困るのは現場マネージャーなんです。最悪の場合、中間管理職である彼らが仕事を辞めてしまう可能性があります。
順を追って話していきますと、まず採用の目的が共有されなければならない人としては、
①経営者や役員、②人事担当者、③現場マネージャー、④現場で同僚にあたる日本人の4者です。まず、経営者や役員が「人が足りていないので外国人採用もしよう!」と決めたとします。理由は複数あるのでしょうが、人事担当者には「人手不足=外国人採用」としか伝わっていないまま、経営者や役員の指示通りに動く。そうすると「外国人だから採用する」というものではなく、人手不足を解消するためだけの採用になってしまう。結果として、もっとも外国人社員との接点が多い、現場で同僚にあたる日本人が「日本語ネイティブじゃないし、教える時間がかかるし、なんで俺と同じ給料なの?」という目線で外国人社員をみてしまうようになるんですね。
そんな状況になってしまうと、一番辛いのは現場マネージャーです。と言うのも、現場マネージャーは現場を回すことと、人事担当者や経営者、役員から降りてきた指示を両立させないといけない立場なので板挟みになってしまうんですね。
加えて、新しい人材として外国人社員が採用されたとしても、現場マネージャー側には外国人社員のマネジメントスキルがないわけです。なのに、採用理由すら説明されないまま上司からは「お前の責任で管理しろ」と現場に外国人社員が入ってくる。現場社員からの不満にも対応しないといけないし、ノウハウのない外国人社員の教育もしなければいけないとなるわけです。
このように、現場マネージャーに非常に負荷がかかるような設計を経営者自ら作り出しているんですね。その結果、現場マネージャーが疲弊して会社を辞めてしまう。みなさんよく「外国人社員の離職」について取りあげますが、正直なところコスト面で言うと一番辞めてはいけない現場マネージャーが辞めてしまうことのほうが僕は重大だと思いますね。
そのほかにも、外国人採用をはじめる時点で気をつけるべきことはありますか
僕は日本語教育が専門なんですが、とても気になっていることが一つあります。それは「採用側の外国人社員に対する日本語レベルの要求度のズレ」です。というのも、ほとんどの企業が外国人採用の基準としてJLPT(日本語能力試験)を使っているにも関わらず、JLPTのことを知らない場合が多いんですね。中身をみたこともない。どういう能力を問う試験で、何がわかる試験なのか、何もわからないまま、採用基準として使っている。企業のそういう採用のしかたに、非常に違和感があります。
まずは自社の業務内容と採用された外国人社員が担当する業務の内容における日本語の必要性がどの程度なのか、まずはその落とし込みをすることが大切です。つまりは、日本語も含めた採用基準の明確化が非常に重要な作業だと思っています。ですが、日本人はこの「採用基準」を明確に作れないんですね。
日本語能力も含めた採用基準を明確には作れないとのことですが、具体的にはどのようなことなのでしょうか
例えば、ITベンチャー企業で「日本語を話せない人も積極的に採用しています!」と言っていたとします。でも、よくよく話を聞いてみると非常に日本語を求めていたりするんですよ。本当に会社が求めているのは日本語なのか、それとも専門的なスキルなのか、採用の軸がブレているんですね。
例えば、日本企業から受託する形で開発を任せたいなら、業務として、設計書が読めないといけないとか、要件定義を簡潔な日本語で書けないといけないわけです。でもそういうことさえ明確にしないで、全て「日本語力」と一言で大雑把に括ろうとする。それでは入社後の業務に支障が出て当然だと思います。
もっというと、日本人の私たちは当たり前ですが意識して日本語を使っていないので、「外国人雇用に必要な日本語」を可視化できないんですよね。
「外国人雇用に必要な日本語を可視化できない」とのことですが、なぜそのようなことが起きてしまうのでしょうか
例えば、業務でなにか指示をする場合、背景情報がセットになっていることが多いんです。背景情報というのは「この指示やこの業務にはこういう目的とかこういう後ろの情報がくっついてるよ」という暗黙知のことを言います。僕はこれを「言葉の後ろ」と呼んでいます。
これは日本語の特徴でもあるんですよね。日本語はハイコンテクストという「すべてを言葉にする必要が必ずしもなく、お互いになんとなく理解できてしまう」という特徴を言語として有しています。つまり相手にはっきりと伝えきらず、解釈を相手に任せてしまう言語なんです。
(参考:株式会社パンネーションズ・コンサルティング・グループ|ハイコンテクスト文化とローコンテクスト文化)
ハイコンテクスト文化圏の日本人は、自分の発言の中に、当たり前のように「言葉の後ろ」を含めているため、そもそも自分が伝えようとしているメッセージの背景情報を意識しづらいんですね。ですので、こういった情報を相手に言葉で直接的に説明しません。しかし、外国人社員からすれば、そもそも日本で働く上で当たり前とされている文化や慣習、常識を理解していない場合も多い。なので、言葉の後ろにある意図や文化コード(ある集団や社会の価値基盤の前提となる道徳や法律など)は伝わっていない可能性が高く、日本人が思ったように外国人社員が動いてくれないということがよく起こるんですよね。
異文化コミュニケーションで大切にするべきスキルは何かありますか
特に異文化マインドセット、要は心の持ち方みたいな話になるんですが、違和感を感じた時に「判断を保留する」というスキルがあるんです。
仕事ができるタイプの経営者だと「ジャッジ」といってすぐ判断する傾向があって「これは間違い」とか「いやそれ違うでしょ」とか特にネガティブな判断が早い人がいます。それはもちろん場面によってはすごくいいことなんですが、こと異文化受容とか、異文化コミュニケーションのなかではやってはいけないスキルのひとつなんですね。
「判断保留」の何が良いかと言いますと、一時停止することで、情報を集めたり、考えたりすることができる。「これは間違ってる!」とか「お前はこうしろ!」とか言う前に、「なぜこの人はこんなことをしたのだろう」「双方に、何か認識や情報のずれがあるのかな」というように、もう一度自分の判断について見直すことができるんです。
「判断保留」ができるようになると、いきなり怒りが爆発することが起きたりすることが減ると思いますね。突発的なストレスみたいなものも減りますし、自分を絶対視しないで、自分に対する期待値を下げることもできるので、日本人側も自分自身のストレスが減っていくと思います。
編集後記(後編)
採用の目的や意図が明確でないまま外国人採用に踏み切ると、採用後に外国人社員とのコミュニケーションでなかなか意図が伝わらず、現場社員や管理職がストレスを抱えてしまう場合もあります。ですが、その原因は外国人社員にあるとは限らず、日本人側の無意識の部分や独特のコミュケーション方法のせいということも十分にあり得ます。
コミュニケーションギャップは完全には回避できないものですが、日本で働きたいと思って来てくれた外国人社員を受け入れていくためにも、日本人側が自分たちの言語や文化を理解して、外国人社員との「すれ違い」を減らす努力を続けることが重要です。
JLPT頼りではなく、「